実家の片付け(1)

実家の片付けについて全然書いていなかったので、その前の経緯も含めてこれから書いていくことにします。

  1. 両親が引越した理由
  2. 踏ん切りが付かずなかなか引っ越せなかった
  3. 急な引越しもあって散らかり放題
  4. 片付けをしている余裕がなくなる
  5. 3拠点生活をしながらの片付け

1.両親が引越した理由

両親が引っ越した理由は、簡単に言えば老夫婦が山中で暮らすのは難しくなったからです。

父の退職後、共に北海道出身の両親はニセコ近郊の家に移り住み四半世紀ほど暮らしました。転勤族だったため両親ともに人生で一番長く住んだ家でした。

どちらの実家もとっくの昔に無く、ニセコにも何のゆかりもありません。単純に気に入って別荘(後の住まい)を建てた場所がニセコ近郊だったというだけです。

スノーモービルに乗れないと暮らせない場所で高齢の夫婦が暮らすのがいよいよ難しくなり引っ越す決心をしました。

引越し先は仁木町。観光地としても人気になった余市の隣です。果樹園をやっている親戚の敷地内にある家に住まわせてもらうことになりました。

果樹園があるくらいなので市街地ではありませんが、今まで住んでいた場所とは比べものにならないほど便利なところです。

2.踏ん切りが付かずなかなか引っ越せなかった

引っ越そうとは決めたものの家を離れる踏ん切りが付かず、具体的な引越日はなかなか決まりませんでした。

冬の移動は体力的にも精神的にも嫌だったらしく、春になったら引っ越したいと考えていたことが一番大きな要因です。

暖房は薪ストーブ1台というとんでもない家です。体調を悪くしていた父に代わりまだ元気で動ける母が家事全般に加えて地下からの薪運びまで一人でやるという日々が続き、掃除・片付けもかなり難しかったようです。今思えばよく文句を言わず暮らしていたものだと感心します。

ところが春になり引越しやすい状態になっても母がなかなか引っ越そうとせず、何かしら理由をつけて先延ばししようとしました。大変な生活でも名残惜しかったのでしょう。

現地に様子を見に行った我々が見かねて「後始末は我々がやるから」と説得し、「必要な物があれば後から我々が運ぶから」ということでやっと引越日を決め、引越しに合わせてまた来るということで一旦帰りました。

このとき初めて我々が思っていたよりもはるかに両親が衰えていることに気づきました。どう行動するのが良いか、どのような選択肢があるのか、自分で考えるのは少々難しかったのだと思います。「もう少し強引に物事を進めておけば良かった」と思いましたが、後の祭りです。

結局は我々が帰って数日後にとある事情で急に引越しました。我々はとんぼ返りするわけにも行かず他の兄弟が現地入りして対応してくれました。

3.急な引越しもあって散らかり放題

我々は引越しから3週間ほど経過してようやく現地入りできたのですが、まだ数週間は暮らすつもりで用意していた食材なども冷蔵庫に入ったままという状態でした。

さすがにキッチンには何があるのか把握しきれない状態

引越し準備の最中に突然人が居なくなったので、家の中は全体的に相当散らかっていました。

リビング。引越し荷物をまとめるため収納箱、梱包材、食品など雑多に置いてある。
鉢の植木は意外にもこの時点では結構元気だった。奥は引越し荷物だらけ。

具体的に引越しを考える前から実家じまいを意識しかなり物を処分していたそうですが、長年住んだ家なのでさすがに物は多かったです。

4.片付けをしている余裕がなくなる

当初は残された実家に我々夫婦が滞在し、仕事をしながら徐々に実家を片付けることを考えていました。

しかし引越し直後に父が入院し、また状況が変わりました。

母は電気製品嫌いなのにオール電化の家に一人で住むことになってしまったのです。薪ストーブで暖を取りそのおかげで常にお湯が沸いているという生活から、何をするにも見たこともない家電製品や設備を使わざるを得ない生活になり、おまけに父が入院したのでかなり大変だったと思います。

もう一つ、慣れない場所なので車で買い物にも行けないという大きな問題がありました。

ニセコでは倶知安に行くことすら珍しく、普段は交通量が少ない地域で生活していました。仁木や余市といえど母からすれば都会です。道もわからない中で一人で買い物に行くのはまず無理だろうということで、車は運転しないようお願いしました。

加えて「ニセコに残した荷物で必要なものがあれば我々が届ける」という約束で引越したこともあり、しばらくは足りない服や物を届けに行く必要がありました。

隣に親戚が住んでいるので何かと面倒を見てくれましたが、その親戚も両親より少し年が下というだけで高齢です。何から何まで頼るわけにもいきません。

5.3拠点生活をしながらの片付け

もともと我々がニセコに滞在する間は両親の引越し先である仁木との間を行ったり来たりすることになるとは思っていました。

ですが母が新居で一人になり、思っていたよりも頻繁に母の家を訪れることになったのです。

オール家電の家の使い方を教えるため泊まり込むこともよくありました。

しかも関東の自宅を完全に空けるわけにもいかず、数ヶ月は目まぐるしい3拠点生活でした。

この数ヶ月は本当に怒濤のように過ぎ去ったというのが実感です。

個人事業なので仕事を誰かにカバーしてもらうとか急にしばらく休みを取るという選択肢もなく、実家の片付けは実質的に奥さん一人でやってもらいました。

その奥さんも一緒に仁木とニセコを行ったり来たりしていたため、落ち着いて片付けに取り組む余裕はありません。そこでとにかく「放っておけないものの処理」だけに集中しました。

動画で紹介した食材の片付けもその1つです。

今後は画像や映像が残っている片付けの様子、そこから得た気づきなど書いていこうと思います。

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